事例
香りのtoB事業を、引き合い待ちから根拠のある事業へ
01
状況どの段階で、何に困っていたか
一般消費者向けの香水を主力としてきたメーカーが、法人向けのディフューザー事業を新たに始めていました。温浴施設や美容関係の施設から引き合いがあり、事業としての手応えは得られていました。
次の展開として、介護施設やヘルスケア領域への拡大を検討します。しかしこの領域では、これまでと同じ売り方が通じませんでした。
温浴施設や美容施設に対しては「快適な空間をつくる」という説明で足ります。一方、介護施設に対しては「香りが入居者にとって何の役に立つのか」を説明する必要があります。長年のフレグランス開発で培った知見はあっても、それをこの領域の言葉で示す根拠がありませんでした。
引き合いに応じる形で事業が進んでいたため、温浴・美容・介護のどこに集中すべきかも決まっていません。
該当する課題は「最初の顧客はいるが、売れ方に再現性がない」「どの市場・どの顧客に集中すべきか定まらない」「技術やサービスの強みを、顧客価値として説明できていない」でした。
02
逆算目的から考えたとき、何がボトルネックだったか
目的は、香りの法人向け事業を、引き合い待ちの状態から、自分たちで広げられる事業にすることでした。
そこから逆算したとき、必要なのは営業先のリストでも新しい製品でもありませんでした。「介護・ヘルスケアの現場で、香りが何をしているのか」を、その領域の言葉で示せる根拠です。
そこでまず現場に入り、試験運用を行いました。ここで前提が崩れます。
ディフューザーを設置しても、高齢者が香りに気づいていなかった。 売り方以前に、製品が相手に届いていなかったのです。
この事象から、ひとつの仮説が立ちます。高齢者には、本人が自覚していない嗅覚の低下があるのではないか。 もしそうなら、これは「製品が効かない」という話ではなく、「気づかれていないこと自体が、この領域で解くべき課題である」という話になります。
検証すべきものが、ここで入れ替わりました。香りの良さを証明するのではなく、嗅覚が落ちていること、そしてそれが自覚されていないことを確かめる。それが次の一手になりました。
03
実施HILUCOが実際に何をしたか
実態調査の設計と実施 — 高齢者施設で、香りの知覚と自覚のずれを調べました。結果、施設に設置したディフューザーの香りに気づけていない高齢者が約70%にのぼる一方、香りの感じ方の不調を自覚している高齢者は約20%にとどまることが分かりました。
この差そのものが、仮説の裏づけになります。嗅覚は落ちているが、本人はそれを認識していない。「隠れ嗅覚障害」と呼べる状態です。
介入の検証 — 続いて、香りを嗅ぐことで嗅覚機能に働きかける「鼻トレ」を高齢者施設で実施しました。結果、約90%の高齢者で嗅覚に対する意識の変化が見られ、一部では味覚の主観的な変化も確認されています。
課題があることを示すだけでなく、それに対して打ち手が効くところまで確かめたことで、事業としての筋道が通りました。
知見の公表と、事業計画への接続 — 得られた結果を公表し、それをもとに事業計画を組み立てました。加齢に伴う嗅覚低下が食欲やQOLの低下につながるという着眼を、事業の柱に据えています。
補助金申請 — 「介護施設における香り活用嗅覚トレーニングサービスの開発」として、東京都の「令和7年度 高齢者向け新ビジネス創出支援事業」に申請し、採択されました。この資金で、介護施設等との連携体制の構築と実証を進めています。
04
変化何がどう変わったか
ディフューザーという製品を納品する事業から、嗅覚機能そのものに働きかけるサービス事業へ移りつつあります。
香りの提案が「快適な空間づくり」から「健康機能への働きかけ」に変わったことで、介護施設に対して説明できる価値が変わりました。引き合いを待つのではなく、解くべき課題を自分たちで定義して提案する側に回っています。
同時に、集中すべき市場も定まりました。温浴施設や美容施設と介護施設を同じ売り方で扱うのをやめ、後者に対しては別の根拠と別の提案を用意する、という整理ができています。
長年のフレグランス開発で培った知見は変わっていません。変わったのは、それをどの領域の、どの課題に向けて差し出すかという設計です。
確認できた変化
- 施設に設置したディフューザーの香りに気づけていない高齢者:約70%
- 香りの感じ方の不調を自覚している高齢者:約20%
- 「鼻トレ」実施後に嗅覚への意識の変化が見られた高齢者:約90%
- 東京都「令和7年度 高齢者向け新ビジネス創出支援事業」に採択(介護施設における香り活用嗅覚トレーニングサービスの開発)
- ディフューザーを納品する事業から、嗅覚機能に働きかけるサービス事業へ展開中
Learning
新しい領域に出るとき、現場で試すのは「売れるかどうか」を確かめるためだと考えられがちである。しかし実際には、前提が成り立っているかどうかを確かめる作業になることがある。
この事例では、試験運用で「そもそも香りが届いていない」ことが分かった。ここで「効かない製品だった」と結論づけていれば事業は終わっていた。「なぜ届かないのか」を問い直したことで、届かないこと自体が事業機会に変わっている。
課題があることを示すだけでは事業にならない。それに対する打ち手が効くところまで確かめて、初めて資金調達も提案も成立する。問題の証明と、解決策の証明は、両方が要る。
参考
お問い合わせは hiluco.jp のフォームにまとめています。